論文紹介 ·

香水17万点が語る120年の秘密 — GrassAccordが読み解く論文「1900年以降の香水の文化的進化」

Chanel No 5に似た香水はいくつあるのでしょう?なぜ最近の香水はシンプルになったのに、より新しく感じられるのでしょう?1900年から2024年までに発売された約17万点の香水を分析した論文を、初心者の調香師の目線で読み解きました。オリジナルとクローンの評価の差も、数字のままお伝えします。

A long oak archive table with a row of unlabeled perfume bottles running from ornate antique crystal flacons to simple modern glass, archive shelves behind and a glimpse of sea

1921年に発売された、ある香水があります。その後の100年間で、この香水に「似ている」と言われた香水は68点にものぼりました。2010年に発売された別の香水は、わずか10年で36点の似た香水を生み出しました。前者はChanel No 5、後者はCreed Aventusです。

これらの数字は、香水愛好家の感想ではありません。今年の夏に公開されたある論文が、1900年から2024年までに発売された香水約17万点をまとめて分析し、導き出した結果です。研究チームは香水を音楽やファッションのように時代とともに進化する文化ととらえ、120年分の香水を一枚の地図のように広げてみせました。

調香を始めたばかりの方なら、一度はこんなことで悩んだことがあるかもしれません。

  • 原料をたくさん入れるほど、香りは豊かになるのでは?
  • 有名な香水をまねて作れば、半分は成功したようなものでは?
  • 人と違う香りは、いったいどうすれば作れるのだろう?

この論文は、三つの問いすべてに数字で答えています。そしてその答えは、思った以上に興味深いものです。

本稿は、GrassAccordジャーナル初の論文紹介です。前半では論文が何をして何を見つけたのかを紹介し、後半では調香を学ぶ方がこの結果を調香台でどう活かせるか、私たちの解説を添えました。初めて見る用語は最後にまとめて説明していますので、気軽に読み進めてください。

まず、どんな論文なのか

  • タイトル: Cultural Evolution of Perfumes since 1900(1900年以降の香水の文化的進化)
  • 著者: ヴァヒド・サタリファード(Vahid Satarifard)ほか6名。米国イェール大学のヒューマン・ネイチャー・ラボを中心に、ペンシルベニア大学、MITメディアラボ、ドイツのマックス・プランク人間発達研究所の研究者が参加しています。社会ネットワーク研究で知られるニコラス・クリスタキス(Nicholas A. Christakis)教授、そして長年香水を手がけてきた現役調香師のクリストフ・ロダミエル(Christophe Laudamiel)も共著者です。
  • 公開: 2026年7月21日、論文公開サイトのarXiv(アーカイブ)に掲載されました。
  • 原文を読む: arxiv.org/abs/2607.19520 — 誰でも無料で読めます(英語)。PDFとウェブ版の両方があります。
  • 注意点: まだ学術誌の査読を経ていない公開論文です。査読の過程で数字や解釈が変わる可能性があります。

社会科学者、生物学者、デザイン研究者、そして調香師がひとつのチームになったことが、この論文の面白さです。香水を化学としてではなく、人々がやりとりしながら変えてきた文化として見つめたのです。

なぜこの論文を最初の論文紹介に選んだのか

調香を学んでいると、「最近の香水は昔ほどじゃない」「どれも似たり寄ったりだ」といった声をよく耳にします。正しいかもしれないし、間違っているかもしれません。これまでは、それぞれの記憶と好みで語るしかありませんでした。

この論文は、その話を初めて大きな数字の上に載せました。そして結果は、どちらか一方に軍配を上げるものではありません。最近の香水は確かにシンプルになりましたが、同時に以前よりずっと意外な組み合わせに挑んでいます。「似たり寄ったり」という感覚も「新しい」という感覚も、どちらも正しかったわけです。

初心者の調香師にとって、これほど良い地図はめったにありません。自分がいまどのあたりに立っていて、業界がどの方向へ進んでいるのかがわかれば、何から練習すればいいかが見えてくるからです。

17万点の香水を、どう分析したのか

三つの香水サイトのデータを合わせました

研究チームは、香水の情報を集めたオンラインサイト三つ(Fragrantica・Parfumo・Aromo)のデータを統合しました。集まった数は次のとおりです。

  • 香水169,759点
  • ブランド8,332社
  • 調香師3,050人
  • 「この香水からはこんな香りがする」というユーザー投票 約2,590万件

研究チームは、これをこれまでに研究された香水データの中で最大規模だと説明しています。本分析は利用者が最も多いFragranticaのデータで行い、残りの二つは結果が正しいかを確かめるために使いました。

ここで必ず知っておきたい点があります。このデータには実際の処方は含まれていません。ブランドが紹介したノートの一覧とユーザー投票だけです。ですから、この論文が言う「シンプルになった」とは、実際の原料の数ではなく、紹介されたノートの構成がシンプルになったという意味です。研究チームもこの点を限界として明記しています。

香水を四つの視点で見ました

  1. どれだけ複雑か — ひとつの香水の中で、いくつものノートがどれだけ均等に混ざっているかを数値化しました。存在感のあるノートが多く、均等に広がっているほど値が大きくなります。
  2. どれだけ新しいか — その香水のノートの組み合わせ(二つ、三つずつ束ねたもの)が、それ以前の香水でどれだけ珍しかったかを測りました。見たことのない組み合わせほど値が大きくなります。
  3. 誰が誰をまねたのか — ユーザーが残した「この香水はあの香水を思い出させる」という記録を時系列につなぎ、香水の系譜を描きました。
  4. 調香師同士は影響し合っているのか — 共同で仕事をした調香師たちをつないだネットワークをつくり、スタイルがそのつながりを伝って広がるかを調べました。

二つの数字だけ、先に覚えておきましょう

この論文で最もよく出てくる数字が、複雑さと新しさです。難しく感じるかもしれないので、簡単な例で先に感覚をつかんでおきましょう。

香水を二つ思い浮かべてください。ひとつは、ローズ、ジャスミン、アイリス、バニラ、サンダルウッド、アンバー、ムスク、ベルガモットの八つが同じくらいの重みで入っていると紹介された香水。もうひとつは、シダーと塩のような海の香り、この二つ三つが主役の香水です。前者は複雑さが高く、後者は複雑さが低くなります。ノートが多く、均等に広がっているほど、この数字は大きくなります。

新しさは別の問いです。「これらのノートが同じ香水に一緒に入ったことが、以前にどれだけあったか」を問います。ローズとジャスミンは数えきれないほど一緒に使われてきたので、この組み合わせは新しくありません。けれども、これまでほとんど出会ったことのない二つのノートを組み合わせたなら、ノートの数が少なくても新しさのスコアは高く出ます。

つまり、複雑さは「いくつ混ぜたか」、新しさは「どれだけ意外な組み合わせにしたか」と覚えておけば十分です。この二つの数字が互いに違う方向へ動いたこと、それがこの論文の最初の発見です。

香水の発売が爆発した三つの時代

本格的な結果に入る前に、研究チームが描いた全体像から見ておきましょう。毎年新しく発売された香水の数をグラフにすると、120年が三つの時期に分かれました。

  • 古典調香の時代(1926年以前) — 香水の発売がゆっくり増えていった時期です。1918年ごろに一度大きく増えました。
  • 停滞期(1926〜1979年) — データに残る新製品が、毎年20点前後で長くとどまりました。
  • 産業調香の時代(1979年以降) — 発売数が爆発的に増えました。2014〜2018年ごろに再び加速し、いまでは毎年約6,000点の新しい香水が登場する水準にまで達しています。

毎年6,000点といえば、1日に16点のペースです。これほど新製品の多い市場で目立つには、何が必要でしょうか。このあと出てくる「より新しくなった」という結果をこの数字と一緒に読むと、理解しやすくなります。

ただし、これらの時代の名前は研究チームが分析の便宜上つけたもので、香水史の研究者が共通して使う用語ではないと論文に書かれています。また、オンラインサイトに記録された香水だけを数えているため、古い香水ほど抜け落ちているものが多い可能性があります。

120年で何が変わったのか

消えたノートと、浮上したノート

よく使われるノート50種の流行を年ごとにグラフにすると、時代が変わってもいつも定位置を守ってきたノートがありました。ムスク、ジャスミン、ローズ、ベルガモット、サンダルウッド、アンバーです。120年間流行に左右されなかった、香水の骨格と言えるでしょう。

反対に、1990年代以降に大きく動いたノートもあります。オークモスとイランイランは減り、バニラとシダーは増えました。オークモスが減ったのには理由があります。皮膚のアレルギーを引き起こすおそれがあるため、国際香粧品香料協会(IFRA)が使用量を段階的に絞り、1997年には完成品の0.1%までに制限されました。

アコード単位で見ると、変化はさらに劇的です。1990年代に増えはじめたフルーティアコードは2000年代まで増え続け、アーシー・モッシー・アルデヒドのアコードははっきりと減りました。アルデヒドはChanel No 5に使われたことで20世紀初めに最も広く普及したアコードになりましたが、1990年代初めに下り坂に入りました。研究チームはこれを、香水美学の文化的な転換点と呼んでいます。

女性用香水の時代から、ユニセックスへ

20世紀の大半を通じて、市場の主役は女性用の香水でした。ところが1990年代後半から、男女の区別のないユニセックス香水が目に見えて増えました。

面白いのは、ノートの性別イメージは中立へ向かわなかったことです。チュベローズ・アイリス・ローズ・ジャスミンは今も女性的なノートとして、セージとレザーは今も男性的なノートとして残りました。意味のある変化を見せたノートのうち、約61%は女性側から男性側へ移動しました。スティラックス、インセンス、ベチバー、オークモス、レモン、プチグレンといったノートが、性別の境界を越えていきました。

世界の香りは、思ったより似ています

国ごとに香水を分けてみると、西ヨーロッパ、英語圏、中南米、そしてアジアの大部分が、爽やかでフルーティで甘いアコードを中心とした「世界の主流」に集まっていました。最もはっきり異なっていたのは中東です。ウード、アンバー、温かみのあるスパイシーアコードが目立って多く、古くからの東方の香りの伝統とつながっていると研究チームは説明しています。地域が国ごとの香りの違いを説明する度合いはノート基準で13%、アコード基準で17%で、意味はあるものの大きくはありませんでした。

シンプルになったのに、より新しくなった

この論文で最も多く引用されるのは、おそらくこの結果でしょう。

1990年ごろ、香水はシンプルになりました

1965年から1990年まで、香水の複雑さは平均約3.7でかなり安定していました。ところが1990年ごろに急に下がりはじめ、2000年から2024年までは約3.0の水準で再び落ち着きました。この値は「ビット」という単位で測ったものですが、正確な意味よりも方向を覚えておけば十分です。数字が小さくなったということは、ひとつの香水の中で存在感のあるノートの種類が減ったということです。

ところが同時に、ずっと新しくなりました

シンプルになったからといって、ありきたりになったわけではありません。ノートの組み合わせの新しさは、1900年代初めの約2.3から2020年代の約7.6まで着実に上がり、1990年代から最も急に上がりました。材料の数は減ったのに、その材料の組み合わせ方はますます予想外の方向へ進んでいるのです。

研究チームは、両極端にある香水も挙げています。

  • 複雑だが新しさは控えめな側の端: Chanel No 5(1921)、Guerlain L'Heure Bleue(1912)、Lanvin Arpège(1927)
  • シンプルだが新しい側の端: Jo Malone London Wood Sage & Sea Salt(2014)、Maison Francis Kurkdjian Baccarat Rouge 540(2015)、Escentric Molecules Molecule 01 + Mandarin(2021)

一方は100年前の名作、もう一方はこの10年で最も話題になった香水たちです。二つのグループを並べると、120年の流れがひと目でわかります。

なぜシンプルになったのか

研究チームは理由をひとつに決めつけず、考えられる説明をいくつか並べています。

  • 売上を重視する業界構造 — 買収・合併で大企業が増えるなかで、より短い処方へ移っていった可能性があります。
  • ミニマリズムの流れ — 建築・デザイン(1920年代)、美術(1960年代)を経てきたミニマリズムが、香水に及んだ可能性があります。
  • インディペンデント調香師の登場 — 1990年代末からオンラインで原料を手に入れ、香水を売ることが容易になり、インディペンデント調香師が増えました。ひとりで作業する人にとって、短い処方は現実的に扱いやすいものです。
  • 先輩調香師の影響 — 短い処方で知られた調香師エドモン・ルドニツカ(Edmond Roudnitska)のように、ネットワークの中心にいる調香師が若い世代をミニマルな方向へ導いた可能性があります。

規制が新しい組み合わせを後押ししたという証拠

研究チームは、オークモスの規制を一種の自然実験として使いました。オークモスが入っていた香水をそうでない香水と比べたところ、規制が強まるほどオークモスの香水はよりシンプルに、より新しくなっていました。1988年の最初の制限のときには差が見られませんでしたが、制限が最も強まった2008年ごろには、複雑さが0.19さらに下がり、新しさが1.20さらに上がりました。使える材料が縛られると、調香師は新しい道を探すという解釈です。

GA smelling strips pinned to a linen board as a branching family tree joined by charcoal lines, three small vials and a notebook below

香水にも系譜がある

Chanel No 5は100年で68点、Aventusは10年で36点

ユーザーが残した「似ている」という記録を時系列につなぐと、香水の系譜ができあがります。研究チームは、なんとなく似ているという感覚ではなく、ノートが実際に大きく重なるペア(上位5%)だけを残して系譜を描きました。

最も大きな二つの家系が、Chanel No 5とCreed Aventusです。Chanel No 5は1世紀にわたって68点の香水のルーツとなり、Aventusはわずか10年で36点の香水を生み出しました。そのほか、Coty Ex'cla-ma'tion、Comptoir Sud Pacifique Aloha Tiare、Givenchy Gentleman(1974)、Robert Piguet Fracasも、多くまねられた香水に挙げられました。

まねることは珍しくありません。そしてほとんどは他ブランドがまねます

系譜に載った子孫の香水2,563点のうち、62.6%は他ブランドが作ったクローンで、37.4%は同じブランドが出したバリエーション(フランカー)でした。また28.6%は親が二つありました。二つの香水を同時に思い起こさせるという意味で、研究チームはこれを生物の交雑種に似ていると表現しています。市場全体でクローンは少なくとも1.0〜11.7%と推定されました。似ている度合いをどれだけ厳しく見るかによって、数字が変わります。

ところが、まね方が変わりました

研究チームは、それぞれの時代に「まねると有利だったノート」がどれくらいあったかも数えました。1965〜1984年は36%、1985〜2004年は34%でしたが、2005〜2024年には7%まで大きく減りました。特に1985〜2004年には、すでにありふれた香りのモチーフを、人々がむしろ避ける傾向まで見られました。

最近の香水は、有名な香水をそのまま追うよりも、新しいノートを自分で選ぶ方向へ動いているということです。既存の流れを揺るがす度合いは2000年ごろにピークを迎え、その後は少しずつ固める方向へ転じました。

オリジナルとクローン、実際どれくらい差があるのか

香水好きの方なら、いちばん気になるところでしょう。研究チームはオリジナルの香水123点、フランカー2,222点、クローン12,028点をユーザー評価で比べました。数字は次のとおりです。

  • 持続力(香りがどれだけ長く続くか): オリジナル3.45、クローン3.26
  • 拡散性(香りが空気中にどれだけ広がるか): オリジナル3.10、クローン2.95
  • 総合評価: オリジナル4.05、クローン3.96
  • 価格に対する満足度: クローンがわずかに高かったものの、統計的に意味のある差ではありませんでした
  • フランカー: すべての項目でオリジナルとクローンの間にありました

まとめると、オリジナルが三つの項目すべてで上回り、その差は0.1〜0.2ポイントほどでした。クローンの評価が低めだった理由として、研究チームは二つの可能性を挙げています。より安い原料に置き換えたからかもしれないし、価格やブランド名が人の判断に影響したからかもしれません。どちらなのかは、この研究では判別できませんでした。

評価を最も大きく動かしたのは持続力

評価と何が結びついているかも調べています。最も強く結びついていたのは持続力でした。一方、拡散性と新しさは、評価とむしろ逆方向に結びついていました。価格に対する満足度には、意味のある結びつきがありませんでした。

スタイルは3段階先まで広がる

調香はもともと、ひとりでする仕事でした

香水は長いあいだ、ひとりの調香師、いわゆる「ノーズ(鼻)」が生み出す作品でした。研究チームはこの点で、香水は音楽より絵画に近いと述べています。実際、共同で作られた香水は毎年8〜15%ほどにとどまり、その割合は2000年代の約13%から2010〜2020年の約8%へと、むしろ減りました。

一緒に働くと、似てくる

調香師の協業ネットワークで最大のまとまりは500人でした。共同で仕事をした調香師同士は互いのスタイルが似ていきましたが、それは直接一緒に仕事をした間柄で最も強く、2段階、3段階と離れるほど弱まりました。研究チームの説明によれば、3段階を超えると、無作為に選んだ調香師同士よりも似ていませんでした。影響は、名声の高い調香師から低い調香師のほうへより多く流れていました。

一緒に仕事をすることになる最も強い理由は、同じブランドで働いた経験でした。そして協業経験のある調香師の作品は、ひとりで作業する調香師の作品よりも、既存の流れを揺るがす度合いが低くなっていました。一緒に働けば磨かれ、ひとりで働けば突き抜ける、と言えるかもしれません。

解説:調香を学ぶ方へ、この論文が伝えること

ここからは論文の結論ではなく、GrassAccordの解釈です。

原料を増やすことが実力ではありません

初めて処方を組むと、空白が不安で原料をひとつ、またひとつと足したくなります。この論文は、この30年間、業界全体が逆の方向へ動いてきたことを示しています。ノートの数は減り、その代わりに組み合わせが新しくなりました。Baccarat Rouge 540やWood Sage & Sea Saltが愛された理由も、原料の種類の多さではなく、意外な組み合わせにありました。

練習するときは、原料を10種類以下に絞ってひとつのアコードを完成させてみてください。原料をひとつ抜いたときに香りが崩れるかを確かめる習慣がつくと、それぞれの原料がなぜ入っているのかを説明できるようになります。その説明が積み重なったものが実力です。

変わらない骨格から身につけましょう

120年間定位置を守ってきたムスク、ジャスミン、ローズ、ベルガモット、サンダルウッド、アンバーは、初心者にとって良い教科書です。流行のノートは10年後には変わりますが、この六つを扱う感覚は長く役に立ちます。ひとつずつ単体で嗅いでみたり、二つずつ組み合わせてみたりしながら、それぞれの性格を体で覚えておきましょう。

制限は、新しいアイデアの出発点になります

オークモスの事例は、初心者にもそのまま当てはまります。使いたい原料が規制に引っかかったり、手に入りにくかったりする日は必ず来ます。そのとき「もう作れない」ではなく「別の道で似た印象を作ってみよう」と考えを切り替えれば、その過程で自分だけの組み合わせが生まれます。あえて原料をひとつ禁止して練習してみるのも、良いトレーニングです。

有名な香水は出発点として使いましょう

オリジナルとクローンの差が0.1〜0.2ポイントという結果は、二通りに読めます。よくできたクローンはオリジナルにかなり近い評価を受けるという意味でもあり、それでもオリジナルが一貫して少し高く評価されるという意味でもあります。

GrassAccordも、名高い香水を学びの素材にした処方を販売しています。だからこそ、この数字を小さくも大きくもせず、そのまま載せました。私たちがおすすめするのは、有名な香水を模範解答ではなく出発点として使う方法です。構造を理解したら、原料をひとつ変え、比率を少しずらしながら、自分の香りに育てていってください。論文が示した最近の流れ、つまり、まねるより自分で選ぶ方向とも合う方法です。そして、クローンの評価が低めだった理由のひとつが原料かもしれない、という点も覚えておいてください。同じ構造でも、原料の質が結果を変えます。

長く続く香りを設計しましょう

評価と最も強く結びついていたのが持続力だという結果は、実用的なヒントです。最初の数分の華やかさよりも、数時間後にも残っている残り香のほうが大きな印象を残す、と読むことができます。ムエット(試香紙)はすぐに判断せず、1時間後と半日後にもう一度嗅ぐ習慣をつけましょう。

反対に、拡散性が強いほど評価が高くなるわけではありませんでした。遠くまで広がるように作るより、近くで長く心地よい香りを設計するほうがよい、という解釈もできます。

誰と学ぶかが、スタイルをつくります

スタイルが3段階先まで広がるという結果は、学ぶ環境が大切だということです。同じ先生、同じ集まりの中だけで嗅いで学んでいると、香りは似通いやすくなります。違う系統の調香師が作った香り、別の地域で愛されている香りを、あえて探して嗅いでみてください。中東で愛されるウードとアンバーの世界は、世界の主流とはかなり違う文法を見せてくれます。

そして、ひとりで作業する時間も大切にしてください。この論文では、ひとりで作業した調香師のほうが流れを大きく揺るがしていました。学ぶときは一緒に、作るときはときどきひとりで。そのバランスが、自分の声をつくります。

調香台ですぐ試せる練習三つ

論文を読んで終わりにするのはもったいないことです。明日、調香台ですぐに試せる練習を三つ選びました。比率はそれぞれの原料と好みに合わせて決めてください。

練習1. 原料五つでひとつの香りを完成させる

原料をちょうど五つだけ並べて、ひとつの香りを完成させてみてください。できあがったら原料をひとつずつ抜いてみて、抜いたときに香りが崩れる原料と、あまり変わらない原料を見分けます。変わらない原料があるなら、その場所にもっと意味のある原料を入れられるということです。シンプルになった最近の香水がどう作られているのかを、体で覚えるいちばんの近道です。

練習2. 初めての組み合わせを探す

よく使う原料のリストを広げ、これまで一度も一緒に使ったことのない二つの原料を選んで組み合わせてみてください。ほとんどは合わないでしょう。それでも10回に1回くらいは「あれ、これいいかも?」という瞬間が来ます。その組み合わせをノートに書き留めておきましょう。論文が言う新しさは、こうした組み合わせから始まります。

練習3. 半日のムエット日誌

同じ香りを3枚のムエットにつけておき、すぐ、1時間後、半日後に嗅いで、感じたことを書き留めてみてください。最初は良かった香りが半日後には消えていることもあれば、最初は平凡だった香りがあとで輝くこともあります。評価と最も強く結びついていた持続力を、感覚で身につける練習です。

この論文を読むときの注意点

  • 査読前の論文です。 学術誌の査読を経る過程で、数字や解釈が変わる可能性があります。
  • 処方ではなくノートの一覧を分析しています。 ブランドが紹介したノートとユーザー投票がもとになっているため、実際の原料構成とは異なる場合があります。研究チームも、実際の原料で同じ結果が出るかは確認できていないと述べています。
  • 評価はサイト利用者の投票です。 持続力・拡散性・評価は、測定機器ではなく人々の投票でつけられた値です。
  • クローンの判定もユーザーの記録に頼っています。 「この香水を思い出させる」という記録から出発しているため、すべてのクローンを見つけたわけではありません。
  • 1965年以前のデータは少なめです。 1900〜1965年の香水は全体の2%に満たず、その時期の流れは不確かです。
  • 消えた香水は含まれていません。 廃番の記録がないため、どの香水が市場で生き残ったかは分析できていません。
  • 原因はまだ仮説です。 香水がシンプルになった理由として挙げられた説明は研究チームによる可能な解釈であり、オークモスの事例を除けば直接検証されていません。

この記事に出てきた言葉

  • ノート — 香水の中で嗅ぎ分けられる、ひとつひとつの香り。レモン、ローズ、バニラのように呼びます。
  • アコード — 複数の原料を混ぜて、ひとつの印象に聞こえるようにした香りの単位。
  • アルデヒド — 石けんや、アイロンをかけたばかりの布のような、明るくきらめく印象を与える原料のグループ。Chanel No 5で有名になりました。
  • 持続力 — つけた香りがどれだけ長く残るか。
  • 拡散性(シヤージュ) — 香りが体のまわりの空気へどれだけ広がっていくか。フランス語のsillageに由来する言葉です。
  • オリジナル — この論文で、ほかの香水たちにまねられた先行する香水。
  • フランカー — 同じブランドが、もとの香水の名前と印象を受け継いで出したバリエーション。
  • クローン — 他ブランドが、既存の香水に似せて作った香水。
  • オークモス — オーク(ナラ)の木に生える苔から得る原料。森の地面のような深い香りを出し、アレルギーの懸念から使用が制限されています。
  • IFRA — 国際香粧品香料協会。香料原料の使用上限の基準を定めています。
  • 処方 — どの原料をどんな比率で混ぜてひとつの香りを作るかを記した設計図。GrassAccordが販売しているものです。
Overhead view of a travertine bench with five raw material vials, one GA bottle, a GA smelling strip and a notebook of handwritten lines

おわりに

120年分の香水を一枚に広げてみると、香水も音楽やファッションのように流行に乗り、互いに似ていきながら変わってきたことが見えてきます。アルデヒドが陰り、バニラが浮上し、女性用香水の時代はユニセックスへと広がり、Chanel No 5ひとつから68点の香水が枝分かれしました。

そして、いまの流れははっきりしています。材料は減らし、組み合わせは新しく、そして長く続くように。

調香を始めたばかりの方にとって、この流れは良い知らせです。高価な原料を何十種類もそろえなくても、いくつかの原料で新しい組み合わせを見つけることこそ、いまの時代の実力なのですから。いつか、あなたの香水が誰かの系譜のいちばん上に立つかもしれません。香りは万国共通の言語です。その言語で自分の文章を書く第一歩に、GrassAccordが寄り添います。


論文の出典: Vahid Satarifard, Fabian Baumann, Geetanjali Minsky, Laura Sisson, Lou M. Haux, Christophe Laudamiel, Nicholas A. Christakis. "Cultural Evolution of Perfumes since 1900." arXiv:2607.19520、2026年7月21日公開(学術誌の査読前)。原文: https://arxiv.org/abs/2607.19520 (DOI 10.48550/arXiv.2607.19520) · 本稿の数字はすべて論文本文と補足資料から引用したもので、文章はGrassAccordが要約・解説したものです。「解説」の章は論文の結論ではなく、GrassAccordの解釈です。香水名とブランド名は、それぞれの所有者の商標です。

香水17万点を分析した論文を解説 — Chanel No 5の系譜、ミニマルになった香水、オリジナルとクローンの差 | GrassAccord