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2026年夏、ニッチフレグランスはどこへ向かうのか — GrassAccordが春のニュースから読み解いた夏

ドバイの空港にドローンが落ち、大型統合の協議は止まり、日本の老舗の香の会社は香水を世に出しました。2026年春に実際に起きたニュースをたどり、米国とアジア、シンガポールとバンコクまで、この夏ニッチフレグランスが向かう方向を、調香台の上から読み解きました。

Summer research table on a shaded white colonnade terrace with iced sample vials, sea salt, matcha, peaches and five GA smelling strips

2026年3月1日の朝、ドバイ国際空港に一機のドローンが落ちました。二日前に始まった米国・イスラエルとイランの戦争が、湾岸地域にまで広がったのです。空港は乗客を避難させ、その後の数週間、運航は何度も止まりました。世界で高級香水が最もよく売れる通り道のひとつが、一瞬にして静まり返りました。

それから三か月、香水業界には大きなニュースが続きました。ロレアル(L'Oréal)はクリード(Creed)を擁するケリング(Kering)のビューティー事業の買収を完了し、エスティ ローダー(Estée Lauder)とPuigは両社の統合に向けた協議を始めたものの、5月21日に打ち切りました。同じ時期、韓国の香水輸出は統計開始以来、最も高い月を記録し、5月29日には韓国のコスメ小売チェーン、オリーブヤングが米国に初の店舗を開きました。

そして6月3日、ミラノでアート香水の展示会エクセンス(Esxence)が開かれます。主催者によれば、40あまりの国からメゾンが参加し、そのうち今年はじめて国際舞台に立つメゾンだけで108を数えます。

GrassAccordは1月、「2026年 ニッチフレグランス展望レポート」で一年の大きな見取り図を描きました。本稿は、その後に実際に起きたことをたどります。春のニュースの中で何が確かめられ、何が変わったのか。そしてそれが、この夏の調香台の上に何を残すのかを、順に書きとめました。

読む前に — 何を根拠に書いたか

本稿は、2026年5月末までに公開された資料をもとに執筆しました。企業の業績は各社の公式発表に、市場の数字は調査機関の公式発表に拠っています。業界報道に由来する数字は、その旨を明記しました。

ノートの流行だけは性質が異なります。販売の数字ではなく、春の新作や業界のトレンドレポートで繰り返し現れる傾向を集めたものなので、断定はせず「こうした流れが見える」と書きました。夏はまだ始まったばかりで、どの香りがこの夏を制したのかは、秋になってみなければわかりません。

各章の終わりには「調香台にて」を置きました。原料を混ぜはじめたばかりの方、自分のアコードを組み立てはじめた方、長く香りを設計してきた方 — それぞれが持ち帰れる一行ずつです。

1月の展望、春の答え合わせ

まず、1月のレポートに書いたことと、春に実際に起きたことを並べてみます。

  • 大きなブームが終わり、正常化へ — 香水は依然としてビューティーで最も強い分野。ただし成長は高価格帯・ニッチに集中
  • 大資本がニッチの扉を叩く — ロレアルのクリード買収が完了(3月31日)、エスティ ローダー・Puigの統合協議は決裂(5月21日)
  • 香りの重心が中東へ広がる — 2月末に始まった戦争で、湾岸の空港・ショッピングモールの売上が大きく揺らぐ
  • アジアのニッチが目覚める — 韓国の香水輸出が過去最高の月を記録、中国の高級香水は二桁成長、日本の老舗の香の会社が香水ブランドを立ち上げ
  • (1月には個別に扱わず) 米国 — 高級・マスの香水がそろって伸び、ニッチは売場を広げている途中
  • (1月には個別に扱わず) 東南アジア — 湾岸の空路がふさがれ、シンガポール・バンコクへ乗り継ぎが集中
  • 原料価格は揺れ、関税は重い — 米国最高裁が関税判決、香料会社はコスト上昇で値上げ
  • 2026年7月31日、規制の時計 — 日付はそのまま。この夏のただ中に置かれている

予想した流れの多くは確かめられ、予想していなかった出来事ひとつが春全体を揺さぶりました。以下でひとつずつたどってみます。

1. 春の成績表 — 香水はやはり最も強い分野だった

まずは数字から見ていきます。4月と5月に出そろった第1四半期の決算は、驚くほど同じ方向を指していました。

米国の市場調査機関サーカナ(Circana)は5月11日、2026年第1四半期の米国ビューティー市場の結果を発表しました。高級チャネルの売上は前年より6%増えて81億ドル、マスチャネルは7%増えて181億ドルでした。サーカナは、香水を両チャネルで最も強い分野のひとつに挙げています。高級側では価格の高いフォーマットとラグジュアリー製品、そして二桁成長したミニサイズが成長を牽引し、マス側では女性向け香水が二桁伸びました。

企業の発表も同じでした。エスティ ローダーは5月1日に発表した四半期決算で、香水のオーガニック売上が10%増えたと明らかにしました。ほかの分野がおおむね横ばいのなかで香水だけが際立ち、その成長を牽引した名前は、ル・ラボ(Le Labo)、キリアン パリ(KILIAN PARIS)、トム フォード(TOM FORD)でした。いずれも高価格のニッチ・ラグジュアリー香水です。

Puigは、第1四半期の同一条件ベースの売上が4.7%増えたと発表しました。為替の影響をそのまま反映すると0.8%の成長にとどまりましたが、ニッチだけははっきりしていました。バイレード(Byredo)、ペンハリガン(Penhaligon's)、ラルチザン パフューム(L'Artisan Parfumeur)がそろって二桁成長しました。ロレアルも、第1四半期の成長の主な原動力として香水を挙げています。

香りをつくる側の数字は、さらに直接的です。世界最大の香料会社ジボダン(Givaudan)は4月14日、第1四半期のファインフレグランス(高級香水向け香料)の売上が同一条件ベースで9.6%増えたと発表しました。1年前にすでに16.7%伸びたうえでの成長です。香水会社がそれだけ新しい香りを発注しているということです。

もちろん、誰もが笑ったわけではありません。LVMH(モエ ヘネシー・ルイ ヴィトン)の香水・化粧品部門は第1四半期の売上が6%減り、為替と事業範囲の変化を除いたオーガニックベースでも横ばいでした。ファッションブランドのライセンス香水を主に手がけるインターパルファム(Interparfums)は、為替の影響を除くと売上が約2%減りました。

これらの数字を並べると、ひとつの絵が見えてきます。香水市場の中でも、お金は名前の知名度ではなく、香りそのもので選ぶほうへと流れています。 ファッションの名を借りた香水は足踏みし、香りで語るニッチメゾンは伸び続けています。1月のレポートで「過熱から降りて、自分の体温を探している」と書いた市場は、春を経て、その体温がどこに集まるのかを見せてくれました。

調香台にて

  • はじめて調合する方 — ミニサイズが二桁で伸びているということは、人々が一本を使い切る前に、いくつもの香りを試したがっているということです。つくる側も同じです。一度に大量につくるより、少量で何度も混ぜて手を慣らすほうが、上達は早くなります。
  • 自分のアコードを組み立てる方 — 小さなボトルではじめて出会う香りは、最初の数プッシュで記憶されなければなりません。自分の香りの性格が第一印象ではっきり伝わるか、トップからハートへ移る瞬間がなめらかか、点検してみてください。
  • 長く香りを設計してきた方 — 高級香料の発注が増えているということは、競争がそれだけ密になるということでもあります。新しい香りがあふれるほど、長く残るのは構造の確かな香りです。

2. 大企業の計算 — 買収は終わり、統合は止まった

Seven different niche perfume bottles in a row on a limestone bench with vetiver roots, GA smelling strips and a purple-bulb pipette

春の二つ目の話は、大企業の動きです。

1月のレポートで「2026年上半期の完了目標」と書いた取引は、予定どおりに締めくくられました。ロレアルは3月31日、クリードを含むケリング ボーテの買収を完了したと発表しました。ボッテガ・ヴェネタ(Bottega Veneta)とバレンシアガ(Balenciaga)の香水・ビューティーを50年間独占的に手がける権利も、あわせて移りました。ロレアル史上最大の買収です。

クリードはその直後の4月、新しい香り「ワイルド ベチバー(Wild Vetiver)」を発表しました。2004年の「オリジナル ベチバー」を読み直した香りで、ピンクペッパーとベルガモット、ネパール山椒(ティムールペッパー)で幕を開け、ローズとゼラニウム、カシスの芽を経て、ベチバーとウッディな香りへと落ち着きます。持ち主が変わる時期に、新しい香りよりも自らの遺産を読み直すほうを選んだという点が興味深いところです。

より大きなニュースは、結局実現しなかったほうから届きました。エスティ ローダーは3月23日、Puigとの事業統合を協議していることを認めました。実現していれば、年間売上約200億ドルの巨大ビューティーグループが生まれる取引でした。しかし両社は5月21日に協議の終了を発表し、エスティ ローダーは独自の改革戦略を続けていくと表明しました。同社はそれに先立つ5月1日の決算発表で、リストラ計画を拡大し、最大1万人の人員を削減すると明らかにしていました。香水は伸びているのに会社全体は身を縮めている — いまの大手ビューティー企業の姿が、そのまま映し出された場面です。

別のところでは整理が進んでいます。コティ(Coty)は昨年9月からマス向け化粧品事業の売却を検討しており、今年1月からは取締役会議長が暫定の最高経営責任者を務め、その検討を率いています。2月には、マス向け香水ブランドの焦点を絞り込む計画を打ち出しました。よく売れる香りに力を集め、小さな香水事業は整理するというものです。

まとめるとこうなります。大企業はニッチの名を買い取り、統合しようとしては立ち止まり、売れ行きの鈍いものは整理する。これらすべての計算に共通するのはひとつです。誰もが香水を、なかでもニッチを求めています。Puigの最高経営責任者は第1四半期の決算発表で、自社のニッチブランドが米国では約150店舗にしか入っておらず、競合他社の約600店舗と比べれば、まだ広げる余地が大きいと語りました。

調香台にて

名前は売り買いできても、香りを設計する手は売り買いが難しいものです。大企業が名前をめぐって計算しているあいだも、香りそのものの完成度は、変わらず調香台の上で決まります。

  • はじめて調合する方 — クリードのワイルド ベチバーのように、すでにある香りを読み直すのはよい練習です。以前につくった配合をひとつ取り出して、「いまの自分なら何を変えるか」を書き出してみてください。
  • 自分のアコードを組み立てる方 — ベチバーは、産地と抽出方法によって、土っぽさ、スモーキーさ、青さの比率が大きく異なります。同じ名前の原料を二、三種類並べて嗅ぎ比べ、自分のアコードに合う質感を探してみてください。
  • 長く香りを設計してきた方 — 代表作をつくり直すことは、新しい香りをつくるより難しい仕事です。もとの香りを愛した人の記憶を守りながら、いまの原料と規制に合わせなければならないからです。何を残し何を変えるのか、変える前にまず書きとめておいてください。

3. 中東 — 香りの心臓が揺らいだ春

この春、香水業界に最も大きな影を落としたのは、数字ではなく戦争でした。

2月28日に始まった米国・イスラエルとイランの戦争は、まもなく湾岸地域へ広がりました。イランのミサイルとドローンがアラブ首長国連邦を狙い、3月1日にはドバイ国際空港がドローン攻撃を受けました。3月下旬にはクウェート国際空港でも大きな火災が起きました。4月8日に停戦が始まりましたが、その後も攻撃の応酬があり、不安定な状態が続いています。

湾岸は、香水にとって特別な場所です。濃く、長く、幾重にも香りをまとう文化があり、ウードやローズ、アンバーを愛する人が多く、世界で高級香水が最もよく売れる空港の免税店とショッピングモールが集まっています。その通り道がふさがれると、影響はすぐさま数字に表れました。

業界報道によれば、3月のドバイとアブダビの大型ショッピングモールの売上は30〜50%減少しました。LVMHはこの衝突がグループの第1四半期のオーガニック成長を約1ポイント押し下げたと明らかにし、インターパルファムも中東の衝突を約1%の逆風として挙げました。香料会社シムライズ(Symrise)は、輸送と物流のコストが上がっているとして、値上げと追加料金で対応すると述べました。

けれども、中東が香水業界に残した痕跡は数字だけではありません。1月のレポートで指摘したように、この数年、濃厚なウードとアンバー、高い賦香率、レイヤリングといった中東の香り文化は、世界の好みを変えてきました。その文化は戦争で消えはしません。ただ、その香りを買っていた通り道が、しばらくふさがれただけです。

調香台にて

  • はじめて調合する方 — 中東の香りを理解するいちばんの近道は、「濃い」と「長く残る」を区別してみることです。濃い香りは最初から大きく響き、長く残る香りは時間が経っても崩れません。二つは同じものではありません。
  • 自分のアコードを組み立てる方 — 夏にウードやアンバーを使いたいなら、量を減らすより、上に澄んだ原料を重ねて呼吸の余白をつくってみてください。重厚な土台はそのままに、トップをシトラスや茶のような原料で明るくすれば、暑さの中でも息苦しくなりません。
  • 長く香りを設計してきた方 — サプライチェーンが揺らぐ時期には、特定の産地に頼る原料がリスクになります。代表作に使う樹脂系やウッディ系の原料について、代替候補をあらかじめ試しておくこと。それがこの春の教訓です。

4. 米国 — 最大の市場の春

米国は、世界で最も香水が売れる国です。だからニッチメゾンにとって米国はいつかは進出すべき市場であり、大企業にとっては成長の大半が生まれる場所です。この春の米国市場では、三つの話が同時に進んでいました。

数字 — 高価な香水と手頃な香水がそろって伸びる

サーカナは2月10日に発表した昨年の結果で、ここ数年急速に拡大してきた米国の高級香水市場に、正常化の兆しが見えると評価しました。そして5月11日に発表した今年第1四半期の結果で、その正常化の姿がもう少しはっきりしました。高級チャネルは6%、マスチャネルは7%伸び、香水は両チャネルで最も強い分野のひとつでした。

注目すべきは、成長の向きです。第1四半期には、ヘアスタイリング製品を除くほぼすべての分野で、マスチャネルが高級チャネルより速く伸び、香水もそのひとつでした。マスチャネルでは女性向け香水が二桁伸び、高級チャネルでは価格の高いフォーマットとラグジュアリー製品、そして二桁成長したミニサイズが成長を牽引しました。米国の消費者は、一方ではより高価で濃厚な香りへと上がり、もう一方ではより手頃な価格の香りへと広がっています。その中間にある、名前はあっても香りの個性がぼやけた香水が、最も中途半端な位置に置かれました。

ニッチ — まだ広げる余地は大きい

米国でニッチが伸びているというシグナルは、企業の発表にはっきり表れていました。エスティ ローダーの香水の成長を牽引したル・ラボ、キリアン パリ、トム フォードは、いずれも米国が中核市場の高価格香水です。Puigの最高経営責任者は第1四半期の決算発表で、自社のニッチブランドが米国では約150店舗にしか入っておらず、競合他社の約600店舗と比べ、今年は選択的に広げていくと語りました。資生堂も、第1四半期の売上全体は減ったものの、米国の売上は5.1%増えたと明らかにしています。

アジアの香りも米国へ入りつつあります。韓国貿易協会の資料によれば、今年1月、韓国は米国との香水貿易で28年ぶりにはじめて黒字となりました。5月29日には、韓国のコスメ小売チェーン、オリーブヤングがカリフォルニア州パサデナに米国1号店を開きました。約400のブランドが入り、開店当日には400メートルもの行列ができたといいます。同社は年末までにロサンゼルスの店舗を5店に増やす計画です。

関税 — 判決は出たが、計算は終わっていない

米国へ香水を送るメゾンにとって、この春は混乱の季節でした。

2月20日、米国連邦最高裁判所は6対3で、政府が国際緊急経済権限法(IEEPA)を根拠に課した関税は違法だと判断しました。昨年各国に課された関税の相当部分が、根拠を失ったのです。三日後の2月23日、ロレアルの米州トラベルリテール部門や、ブラジルの感性を映すフレグランスブランドのソル デ ジャネイロ(Sol de Janeiro)など数千社が、すでに支払った関税の返還を求めて米国国際貿易裁判所に提訴しました。米国ペンシルベニア大学ウォートン・スクールの予算モデルは、返還すべき関税が最大1,750億ドルに達しうると試算しています。還付手続きは4月20日から段階的に始まりました。

しかし、判決が関税を終わらせたわけではありません。米国政府は判決当日、別の法律条項を根拠に150日間の暫定関税を新たに課し、この関税は7月24日まで続く予定です。昨年米国と欧州連合が合意した関税がどう適用されるのかについても、報道によって見方が分かれています。欧州議会は判決直後、その合意の批准採決を延期しました。

小さなメゾンにとって、こうした不確実性は関税率そのものよりも重くのしかかります。値上げするのか、利幅を削るのか、米国での販売を遅らせるのか — それを決めるには先の計算が見えていなければならないのに、その計算が数か月単位で変わっているからです。

表示規則 — 方向は決まり、残るは時期だけ

米国にはまだ、香料アレルゲンをラベルにひとつずつ記載せよという規則がありません。2022年に制定された化粧品規制近代化法(MoCRA)は、米国食品医薬品局(FDA)がその規則を定めるよう規定しましたが、法律が定めた規則案の期限(2024年6月)を過ぎたいまも、規則案は出ていません。方向はヨーロッパと同じです。「香料」というひと言の陰にあった成分も、いつかはその名を明かすことになります。

調香台にて

国境を越えるボトルは関税に出会いますが、国境を越える設計図はそうではありません。だからこそ、同じ香りを複数の国でつくれること、原料を差し替えても同じ印象を出せることが、ますます大切な力になります。

  • はじめて調合する方 — 同じ香りを別の原料でつくってみる練習をしてみてください。レモン精油の代わりに別のシトラス原料で明るさを出してみる、といった具合です。原料が変わっても印象を守る感覚は、ここで育ちます。
  • 自分のアコードを組み立てる方 — 米国の消費者は、濃厚な香りと軽やかな香りの両方向へ広がっています。自分のアコードを濃厚な版と軽やかな版に分けてつくってみると、同じ骨格が二つの市場でどう響くのかがわかります。
  • 長く香りを設計してきた方 — 販売を計画しているなら、原価計算の中で関税と輸送費が占める分を切り分けてみてください。その割合が大きいほど、現地でつくり現地で売るやり方が現実的な選択肢になります。米国の表示規則が出る前にヨーロッパの基準で成分を整理しておけば、二度手直しする手間が減ります。

5. 原料とコスト — 香料会社が値上げする

香水一本の値段は、結局のところ原料から始まります。この春、原料側のシグナルは明確でした。コストが上がっています。

ジボダンは第1四半期の決算発表で、今年は原価が上昇しているため、顧客企業とともに価格を引き上げていると明らかにしました。シムライズも、輸送・物流と原料のコスト上昇を補うために値上げし、追加料金を課すと述べています。中東の衝突が海上輸送路と運賃を揺さぶったことが大きな要因です。

興味深いのは、同じジボダンの中でも明暗が分かれたことです。高級香水向け香料は9.6%伸びましたが、香料原料を単体で販売する事業とスキンケア用の活性成分事業は5.9%減りました。完成した香りの発注は増え、原料をひとつずつ売る側は足踏みしたというわけです。

天然原料のうち、バニラは逆の方向です。1月のレポートで書いたように、マダガスカル産バニラは複数の産地で生産が増えたことで昨年から供給過剰となり、価格は大きく下がっています。業界の見通しも、今年はおおむね低い水準を予想しています。すべての原料が同じ方向に動くわけではない — それが原料市場の昔からの性質です。

調香台にて

  • はじめて調合する方 — 原料価格が上がると、真っ先に揺らぐのはひとつの原料に大きく頼る配合です。自分の配合でいちばん多く入っている原料は何か、その原料が抜けたら香りがどう崩れるのかを、一度確かめてみてください。
  • 自分のアコードを組み立てる方 — バニラのように価格が下がった原料は、いまがさまざまなグレードを嗅ぎ比べるのにちょうどよい時期です。同じバニラでも、産地と抽出方法によって、クリーミーさ、ウッディさ、スモーキーさが異なります。
  • 長く香りを設計してきた方 — 原価が上がったときに量を減らしてしのぐと、香りは薄くなります。そうではなく、少ない量で大きな効果を生む原料を探して構造を組み直すほうが、香りを守る道です。

6. アジア — 韓国、中国、そして日本

春のニュースのなかで私たちにとっていちばんうれしかったのは、アジアから届いたものでした。1月のレポートで「アジアのニッチが目覚める」と書きましたが、春はその一文が数字と出来事で確かめられた季節でした。ただし、三つの国の目覚め方はそれぞれ異なります。

韓国 — 外へ出ていく香り

韓国貿易協会の資料によれば、今年1月の韓国の香水輸出は652万ドルで、1988年の統計開始以来、最も高い月を記録しました。2月も624万ドルと、二か月連続で600万ドルを超えました。1月には、米国との香水貿易で28年ぶりにはじめて黒字となりました。長く香水を輸入してきた国が、香水を送り出す国へと変わりつつあるのです。5月末のオリーブヤングの米国1号店は、その流れが店舗という形で現れた場面でした。

中国 — 自分の好みを選ぶ若い世代

中国最大のオンラインショッピングモール天猫(Tmall)が今年共同で発表した香水産業レポートによれば、高級香水は二桁で成長しており、中国の美意識を映した自国ブランドが高級市場で存在感を広げています。若い消費者の56.3%が、いまや他人ではなく自分の好みで香水を選ぶと答え、1年前より16ポイント以上増えました。香りを、気持ちを整え、記憶を残し、自らの文化を表す道具として使うという回答も増えています。

日本 — 静かな香りの国が動き出す

三つの国のうち、この夏いちばん長く見守りたいのは日本です。日本は長いあいだ、香水があまり売れない国と見なされてきました。けれども、まさにそうであるからこそ、いま日本で起きている変化はいっそう大きな意味を持ちます。

業界誌プレミアム・ビューティー・ニュース(Premium Beauty News)が昨年9月に伝えたユーロモニター(Euromonitor)の推計によれば、日本のニッチフレグランス市場は約5億8,500万ドルで、ビューティー市場全体の2%ほどです。スキンケアに比べればまだ小さいものの、香水市場は2024年に7.7%伸びました。日本フレグランス協会の関係者は、この10年でニッチフレグランスが定着し、コロナ禍以降その流れが加速したと語っています。

香水の市場が小さいからといって、香りの文化が浅いわけではありません。日本には、香木を焚いてその香りを「聞く」香道の伝統が、数百年にわたって受け継がれてきました。そして、においで周りに不快な思いをさせることを指す「スメハラ(スメルハラスメント)」という言葉があるほど、人の空間を損なわないよう、ほのかに香りをまとうことを礼儀とする感覚が根づいています。日本の香りは、大きく響くことよりも、近くで静かに聞こえることを選んできました。

同じ報道によれば、日本の消費者の好みはやわらかなフローラルやシトラスから、アンバー、ムスク、レザーへと移りつつあり、柚子、檜(ヒノキ)、茶、金木犀といった日本の原料を使う香りが増えています。ボトルも小さくなり、30〜50ミリリットルが中心となり、8〜12ミリリットルの小さなボトルも増えています。東京の伊勢丹新宿店、@cosme TOKYO(原宿)、NOSE SHOPのような場所に香水の専用スペースが生まれ、大手グループもバイレードやメゾン マルジェラといったニッチブランドの単独店を日本に開いています。

今年の日本の香水市場には、二つの方向から風が吹きました。

ひとつは外からの冷たい風です。昨年11月、日本の首相の台湾をめぐる発言を受けて、中国政府が自国民に日本への渡航を控えるよう呼びかけ、中国からの観光客が大きく減りました。日本政府観光局(JNTO)の集計では、今年4月の中国からの訪日客は33万人で、前年より56.8%減少しました。観光客が買っていた化粧品や香水の免税売上も揺らぎました。日本の百貨店の免税売上は昨年12月に大きく落ち込み、資生堂は第1四半期の売上が3%減った理由として両国間の緊張を挙げています。しかし同じ4月、韓国からの訪日客は21.7%、台湾からは19.7%増え、髙島屋の免税売上は3月に再び6.9%増えました。空いた席を、ほかの国からの旅行者が埋めはじめたのです。

もうひとつは内から吹く風です。日本の老舗の香の会社が、香水の世界へと歩み出しています。450年の歴史を持つ香の会社、日本香堂は2月13日、新しい香水ブランド「nowas(ナワズ)」を発表しました。オードパルファム四種で、東洋の香木に西洋の香料を重ねた香りです。二十代の社員を中心としたチームが社内の調香師とともに設計し、新たに建てた香水工場でつくっています。名前には「いま(now)」と「かつて(was)」を日本の「和」でつなぐという意味が込められています。4月18日から5月17日までは、京都の鳩居堂、松栄堂とともに、銀座・京都・鎌倉で香りの祭典「フレグランスエキスポ2026」を開きました。

香りを売る場所も変わりつつあります。ニッチフレグランスのセレクトショップとして知られるNOSE SHOPは5月15日、東京・池袋に新しい店舗「U NOSE SHOP」を開きました。アジアの新進ブランドを中心に約20ブランドをそろえ、香水にはじめて触れる人のための「もうひとつの入口」をつくるといいます。大阪・心斎橋店は6月5日にオープンします。参加する日本ブランドのひとつは、自らの目標を「香りの民主化」と紹介しています。

まとめるとこうなります。日本は香水を多く使う国ではありませんでしたが、香りを深く理解してきた国でした。いま、その理解が香水というかたちに出会っています。大きく響く香りではなく、近くで静かに聞こえる香り — 日本が長く磨いてきたその感覚が、この夏の世界の流れとぴたりと重なります。 1月のレポートと本稿でずっと指摘してきた「肌の近くにとどまる香り」の、最も古い教科書が日本にあります。

調香台にて

  • はじめて調合する方 — 自分が育った場所の匂いを思い浮かべてみてください。雨上がりの土、祖母の家の板張りの床、市場の干した果物。世界がいま知りたがっているのは、まさにそうした記憶です。香道の言葉にならって、香りを「嗅ぐ」のではなく「聞く」つもりでムエットを近づけてみてください。急がないほど、多くのものが聞こえてきます。
  • 自分のアコードを組み立てる方 — 自分の文化の香りをつくるというのは、その素材をそのまま入れることではありません。米、茶、檜、柚子、金木犀のような印象を複数の原料で組み立て、はじめて嗅ぐ人にも美しく響くよう、バランスを整える仕事です。日本の市場を考えるなら、遠くへ広がる力より、近くにとどまる力を先に磨いてみてください。
  • 長く香りを設計してきた方 — アジアの香りが世界へ出ていくほど、見知らぬ香りを見知らぬものと感じさせずに届ける設計が必要になります。なじみのある構造の上に新しいノートをひとつ載せるやり方のほうが、最初はより遠くまで届きます。そして8〜12ミリリットルのような小さなボトルが最初の出会いのかたちになる市場では、最初の一、二プッシュのうちに香りの顔が見えるよう設計しなければなりません。

7. シンガポールとバンコク — 一年じゅう夏の都市

本稿のテーマが夏であるなら、ぜひ立ち寄りたい都市が二つあります。一年じゅう夏のシンガポールとバンコクです。

戦争が変えた道

3月初め、中東の空路がふさがれると、ヨーロッパとアジアを結んでいた航空便が、湾岸のハブ空港の代わりに東南アジアのハブを経由しはじめました。3月4日の航空業界の報道によれば、シンガポールのチャンギ空港、バンコクのスワンナプーム空港、クアラルンプール空港の乗り継ぎ客がすぐに増え、多くの旅程がシンガポールやバンコクを経由するよう組み直されました。チャンギ空港の公式集計では、3月の利用者は610万人で、前年より8.5%増えました。4月には前年とほぼ同じ水準に戻りましたが、ドバイやドーハを経由していた旅行者とその買い物が、ひとときでも東南アジアへ移ってきた春でした。

シンガポール — 香りの交差点

シンガポールは古くから、さまざまな文化の香りが出会う場所でした。1933年創業のジャマール・カズラ・アロマティクス(Jamal Kazura Aromatics)は、三代にわたって続くシンガポール最古の香りの店で、アルコールを使わずオイルでまとう中東・南アジア式の香り(アタール)の伝統を守ってきました。2024年には、インドの香り文化を現代的に解釈したラハスヤ(Rahasya)のような新しいメゾンも登場しました。中東とインドと中国とマレーの香りがひとつの都市の中に共にあること、それがシンガポールならではの財産です。

バンコク — 世界へ出ていくタイのニッチ

タイにはすでに、国際的なニッチの舞台で名を得た調香師たちがいます。タイ出身の調香師ピッサラ・ウマヴィジャニ(Pissara Umavijani)が創設したドゥシタ(Dusita)は、フランス古典調香の根の上にタイの記憶を重ねてきました。調香師プリン・ロムロス(Prin Lomros)のプリン パルファム(Pryn Parfum)は、タイの海や都市を物語として組み立てた香りを発表してきました。2015年にバンコクで始まったミス(MITH)は、タイの植物原料をウッディ、ムスク、グルマンと結び合わせています。これらのメゾンは、ホーリーバジル、ジャスミン、トロピカルフルーツのようなタイの原料を前面に出しながらも、それを土産物ではなく、高級な香りの言葉で語っています。

夏の実験室

そして何より、この二つの都市は本稿にとって実験室のような場所です。一年じゅう暑く湿った都市で長く愛される香りこそ、夏に崩れない香りとは何かという問いへの、最も確かな答えです。 高い気温は香りを早く飛ばし、湿気は香りを重くとどめ、一日に何度も室内の冷房と屋外の熱気を行き来します。この条件で生き残る設計は、ソウルや東京やニューヨークの夏でも通用します。

調香台にて

  • はじめて調合する方 — 同じ香りを、冷房の効いた部屋と暑い屋外とで交互に嗅いでみてください。涼しい場所では静かだった原料が、暑い場所で急に大きく聞こえることがあります。その原料が、夏の香りの鍵です。
  • 自分のアコードを組み立てる方 — 湿った暑さの中では、甘さや重い土台が肌にべたつくように残りがちです。トロピカルな原料を使うときも、その上に茶、シトラスの皮、透明感のあるムスクのように、空気を通す原料をあわせて置いてみてください。
  • 長く香りを設計してきた方 — 一年じゅう夏の市場のための香りは、「夏の限定版」ではなく、その市場の基本の香りです。季節版ではなく、気候を前提に骨格をはじめから組み立てる練習は、これからさらに暑くなる世界の夏に備えることでもあります。

8. 独立メゾンの舞台 — エクセンスが広がる

6月3日から4日間、ミラノのアリアンツ・ミコ(Allianz MiCo)で開かれるエクセンスは、独立系の香水メゾンが最も重視する国際展示会です。4月14日に出た主催者のプレスリリースを見ると、今年のこのイベントの姿がわかります。

展示面積は昨年より3,000平方メートル以上広がり、約2万平方メートルになりました。はじめて国際舞台に立つメゾンは108、参加国はサウジアラビア、カタール、クウェート、オマーンといった湾岸の国々から、韓国、中国、日本、タイ、インド、セネガル、コロンビアまで、40あまりの国に及びます。最初の三日間は業界関係者のみに開かれ、最終日の6日には一般来場者にも門戸を開きます。

共同創設者のマウリツィオ・カヴェッツァーリ(Maurizio Cavezzali)はプレスリリースで、ニッチフレグランスは小さく親密な催しから始まり、いまや世界的な現象となり、ここ数年でその変化は目に見えて加速していると語りました。催しが増えるにつれ、メゾンがどこに出展するかを戦略的に選ばなければならない時代になった、というのです。エクセンス自身も、昨年10月にニューヨーク、11月に香港でイベントを開き、外へと踏み出しています。

同じプレスリリースで、もう一人の共同創設者シルヴィオ・レヴィ(Silvio Levi)は、世界を揺るがす出来事のなかで、香りの言語は異なる文化のあいだに敬意と理解を運ぶ、より力強い使者になると述べました。戦争が湾岸を揺さぶった春に、湾岸のメゾンとアジアのメゾンとヨーロッパのメゾンが、ひとつの会場に集うのです。

この光景が語ることは明らかです。大企業が名前を売り買いしているあいだにも、香りをはじめて世に送り出す小さなメゾンの数は、むしろ増えています。ニッチは大手グループの中へ吸収されるだけでなく、下から絶えず新しく生まれ続けています。

調香台にて

  • はじめて調合する方 — 展示会の香りを直接嗅ぐことはできなくても、参加メゾンがどんな原料と物語を前面に出しているのかを見るだけで勉強になります。心惹かれる香りのノートのリストを集めて、その印象を自分の原料で組み立ててみてください。
  • 自分のアコードを組み立てる方 — 数百のメゾンが一堂に会すると、似た香りはすぐに忘れられます。自分のアコードにおける「自分だけのひとつ」が何なのか、一文で言えるかどうか試してみてください。
  • 長く香りを設計してきた方 — 新しいメゾンが増えるほど、調香師を求める場所も増えていきます。これまで組み立ててきた構造とアコードを整理しておくことが、新しい協業が訪れたときのいちばんの備えになります。

9. 夏のノート — 塩気、氷、果実、そして雨

ここからは香りそのものに移りましょう。春の新作と業界のトレンドレポートを重ねてみると、この夏のノートは大きく四つの流れに分かれています。繰り返しになりますが、これは販売の数字ではなく、繰り返し現れる傾向です。

塩気とミネラル

毎年夏になると海の香りが戻ってきますが、今年の海は少し違います。1990年代の涼やかなマリンの香りのように波や風を描くよりも、海塩、陽に温められた石、浜辺で一日を過ごしたあとの肌のように、手で触れられる質感を描く香りがよく見られます。バニラやキャラメルと出会って塩気のある甘さを生むこともあれば、炒りごまや米のような香ばしいノートと出会って、すっきりとした質感を生むこともあります。

冷たいグルマン

1月のレポートで、グルマンは砂糖の甘さから、コーヒー、ピスタチオ、ヘーゼルナッツのような香ばしい方向へ移りつつあると書きました。夏に入り、その香ばしさが冷たいものと出会っています。抹茶、氷を入れたエスプレッソ、ミルク、米のようなノートが、涼やかな空気や澄んだシトラスと組み合わされています。バナナのように、トロピカルフルーツをデザートのように仕立てた香りも、春には目を引きました。人は夏にも甘さを求めますが、その甘さに呼吸の余白があることを望んでいます。

リアルな果実

果実の香りは長く「フルーツ味のキャンディ」にとどまってきました。今年はその逆です。切ったばかりの桃や杏、マンゴーやグアバ、ライチや柚子のように土地の色がはっきりした果実、そして皮のほろ苦さや果汁の酸っぱさまで含んだ果実です。

天気をまとう香り

最も興味深い流れは、「何の香り」ではなく「どんな空気の香り」を描く香りです。夕立が過ぎたあとの空気、雲の中を歩くような湿り気、湿気を含んだ森。茶、苔、雨水、ミネラルといったノートが、この流れによく登場します。エクセンスが今年掲げたテーマも「世界を感じる(Sensing the World)」です。主催者は、香りは記憶を説明するのではなく呼び覚ますのだと語り、春の日の最初の陽ざしと、秋の細い雨を例に挙げました。

シトラスも欠かせません。イタリアのアクア ディ パルマ(Acqua di Parma)は5月末に新しいコレクションを発表し、シトラスの皮を手で押して海綿に搾り、テラコッタの壺に集める昔ながらの抽出方法を、その名に掲げました。原料を得る方法そのものが物語になる時代です。

四つの流れを重ねてみると、ひとつの共通点があります。どれも「遠くまで広がる香り」より「近くで感じられる質感」を描いています。1月のレポートで指摘した「肌の近くにとどまる香り」が、夏の装いをまとった姿です。

調香台にて

流行のノートは、何を入れるかの答えではなく、どんなバランスで使うかという宿題です。

  • はじめて調合する方 — 「塩の香り」は、塩を溶かしてつくるものではありません。塩にはほとんど香りがないからです。調香における塩気は、海の空気、海藻、ミネラル、肌といった印象を生む複数の原料を集めて組み立てる印象です。抹茶やミルク、雨水も同じです。ノートの名前と実際の原料が違うことを知ると、香りを読む目が一段上がります。
  • 自分のアコードを組み立てる方 — 塩気は少し過ぎるだけで冷たく金属的に感じられ、果実は夏の暑さでより早く飛んでしまいます。塩気のアコードは温かいムスクややわらかなウッディで土台を支え、果実は質感の似た花やラクトン系のように、もう少し長くとどまる原料でハートまで橋を架けてあげてください。
  • 長く香りを設計してきた方 — 天気の香りは透明感が命です。原料を入れれば入れるほど、空気は濁ります。核となる印象を二つか三つに絞り、残りは支える役割にとどめてください。苔の印象を出すときは、伝統的なオークモスが国際香粧品香料協会(IFRA)の基準で使用を制限されている点もあわせて考える必要があります。

10. まとい方 — 小さく、軽く、重ねて

香りのまとい方も、夏の顔をしています。

サーカナの第1四半期の発表では、高級香水のミニサイズが二桁で伸びました。マスチャネルでも女性向け香水が二桁増えています。ボディミストやヘアミストのように軽く吹きかけるフォーマット、一日のうちにつけ直す小さなボトル、いくつもの香りを重ねて使うレイヤリングは、今年のどのトレンドレポートにも欠かさず登場します。

夏は、この流れが最もよく見える季節です。朝は軽いミスト、夜は濃い香りをひと滴、汗をかいたあとはまた澄んだ香りをつけ直す。一日に何度も香りをまとい直すのです。1月のレポートで「使う人が最後の組み合わせを自ら完成させる時代」と書いた流れが、夏にはいっそうはっきりします。

調香台にて

  • はじめて調合する方 — 同じ配合を濃い濃度と薄い濃度でつくって比べてみてください。薄いほうが「同じ香りの弱い版」ではなく「別の印象」として感じられたなら、原料ごとに揮発の速さが違うことを、自分の手で確かめたことになります。
  • 自分のアコードを組み立てる方 — ミストのように軽いフォーマットは残香が短くなります。軽い版を別につくるときは、もとの香りのハートを少し前へ引き寄せ、短い時間のうちに香りの顔が見えるように設計してみてください。
  • 長く香りを設計してきた方 — 夏の香りは、ほかの香りの上に重ねられる場面も考えなければなりません。とりわけ日焼け止めやボディ製品のココナッツ・フローラルの香りと重なることが多くあります。その上でも自分の輪郭を保てるか、確かめてください。

11. 規制 — 7月31日、夏のただ中の日付

この夏のただ中には、ひとつの日付が置かれています。2026年7月31日です。

欧州連合は2023年に化粧品規則を改正し(規則2023/1545)、名称を表示しなければならない香料アレルゲンのリストを大幅に拡大しました。改正後の表示に対応していない製品は、この日までしかEU市場に新たに出すことができず、それ以前に出した製品も2028年7月31日までしか流通させることができません。ヨーロッパで香りを販売するメゾンであれば、この夏のうちにラベルを変えるか、香りを組み直さなければなりません。

米国はまだです。4章で見たように、米国の表示規則は方向だけが決まり、規則案はまだ出ていません。

天然原料を多く使う香りほど、この変化は重くなります。ラベンダー精油ひとつ、シトラス精油ひとつにも、表示対象の成分が自然に何種類も含まれているからです。

調香台にて

  • はじめて調合する方 — 自分が使う原料のうち、アレルゲンを含むものはどれか、一度表にしてみてください。リナロール、リモネンのようななじみのある名前が、思った以上に出てくるはずです。
  • 自分のアコードを組み立てる方 — 原料を購入するときは、供給元から国際香粧品香料協会の適合証明とアレルゲンの成分表をあわせて受け取っておいてください。香りを販売する日が来たとき、それがいちばんの資産になります。
  • 長く香りを設計してきた方 — ヨーロッパの基準に合わせて香りを組み直す計画なら、まだ規則が出ていない米国の基準まで見越して一度に設計するほうが、二度手直しするよりも賢明です。

12. 夏に香りを設計するということ — 調香台の実務ノート

ニュースとは関係なく、毎年夏になると戻ってくる調香台の上の現実があります。最後にそれをまとめておきます。

  • 暑さは香りを早く飛ばす。 温度が上がると、原料はより早く揮発します。トップはさらに短くなり、ベースはより早く姿を現します。冬に合わせた香りが、夏には「土台しか残っていない香り」のように感じられるのはそのためです。
  • 肌と汗が香りを変える。 汗と皮脂は香りと混ざって印象を変え、甘さや動物的なノートは暑さの中でより重く感じられます。夏の香りは、ムエットの上だけでなく、温かい肌の上で確かめなければなりません。
  • シトラスと日光。 ベルガモットなど一部のシトラス精油には、日光と反応して肌のトラブルを起こしうる成分(フロクマリン)が含まれており、国際香粧品香料協会の基準が、肌に残る製品での量を制限しています。夏の香りにシトラスを多く使うなら、その成分を減らした精油かどうかを、供給元の資料で確認してください。
  • 保管も設計の一部。 シトラスと一部のフローラル原料は、熱と光で酸化しやすいものです。夏は原料も完成した香りも涼しく暗い場所に置き、熟成の記録には保管温度もあわせて書きとめておいてください。

2026年 夏のカレンダー

  • 6月3〜6日 — ミラノのエクセンス。はじめて国際舞台に立つメゾンは108。最初の三日間は業界関係者、6日は一般来場者に開かれます。
  • 6月5日 — NOSE SHOPの新店舗「U NOSE SHOP」大阪・心斎橋店がオープン。アジアの新進フレグランスブランドが日本の消費者と出会う、二つ目の入口です。
  • 7月24日 — 米国の150日間の暫定関税の終了予定日。その後に何が続くのかが、米国で香りを販売するメゾンの関心事です。
  • 7月31日 — EUの香料アレルゲン表示規則の適用開始。
  • 7月末〜8月初め — 主要香水企業の上半期決算発表。ニッチの二桁成長が夏まで続いたのか、中東の影響がどこまで回復したのかを確かめることができます。
  • 8月中旬 — サーカナによる上半期の米国ビューティー市場発表の予定時期。

この夏に見守りたい七つのこと

  1. 湾岸の空港とショッピングモールは、いつ、どこまで回復するのか。そして中東の香り文化は、そのあいだに別の道を通って世界へ広がっていくのか。
  2. ロレアルの傘下に入ったクリードが、どんな速さで動くのか。
  3. 7月24日以降、米国の関税はどう変わるのか。
  4. 韓国の香水輸出の記録更新は、夏も続くのか。
  5. 中国からの観光客が減った日本で、日本の消費者自身が香水を求める流れが、その空白をどこまで埋めるのか。
  6. 湾岸の代わりにシンガポールやバンコクを経由した旅行者の流れは、停戦後も残るのか。
  7. 塩気と冷たいグルマンは、ひと季節の流行で終わるのか、秋の香りへとつながっていくのか。

この記事に出てきた言葉

  • ニッチフレグランス — 香りそのものを中心に据えたメゾンの香水。いまは「小さく独立したメゾン」と「高価な香水」という二つの意味で使われています。
  • ファインフレグランス — 香水のように体にまとう高級な香り製品。香料会社が事業を区分するときに使う言葉です。
  • オーガニック成長・同一条件ベース — 為替の変動と買収・売却の影響を除いて見た成長。事業そのものがどれだけ伸びたのかを見るときに使います。
  • グルマン — バニラ、キャラメル、コーヒー、ナッツのように、食べ物を思わせる香りの系統。
  • マリン・ミネラル — 海と水、石と塩の印象を描く香りの系統。
  • ラクトン — ミルク、クリーム、桃のようなやわらかな印象を生む原料の系統。
  • ベチバー — イネ科の植物の根から得られる原料。土っぽさとウッディさ、スモーキーさが混ざり合った深い香りを生みます。
  • 香道 — 香木を焚き、その香りを「聞く」日本の伝統的な芸道。
  • アタール — アルコールを使わず、オイルに香りを溶かし込んだ中東・南アジア式の香り。肌に直接つけます。
  • オークモス — オークの木に着生する地衣類から得られる原料。森と土の深い印象を生みますが、国際香粧品香料協会の基準で使用が制限されています。
  • フロクマリン — 一部のシトラス精油に含まれ、日光と反応すると肌のトラブルを起こしうる成分。
  • レイヤリング — 香りのある製品をいくつも重ねて使い、自分だけの香りをつくる方法。
  • ムエット — 香りをつけて嗅ぐための細長い紙。試香紙とも呼ばれます。
  • 処方 — どの原料をどんな比率で混ぜてひとつの香りをつくるのかを記した設計図。GrassAccordがお渡ししているものです。

むすびに — 揺れた春のあとに来る夏

ドバイの空港のドローンに始まり、ミラノの展示会まで、この春はことのほか揺れ動きました。戦争が香りの通り道をふさぎ、関税は判決が出たあとも計算を終えられず、原料の値段は上がり、大企業は名前を売り買いしました。

けれども、そのすべての揺れのなかで、ひとつだけ揺らがなかったものがあります。人々は香りを求め続け、なかでも香りそのもので語る香りを求めました。高級香料の発注は増え、ニッチメゾンは二桁で伸び、アジアでは新しい香りが目覚めました。

夏は、香りの設計が最も正直に表れる季節です。暑さは香りを早く飛ばし、汗と日光は香りを変え、人は互いに近くに立ちます。冬なら重さで覆い隠せた隙間も、夏にはそのまま見えてしまいます。だからこの夏、長く残る香りは、流行のノートではなく、バランスによってつくられるでしょう。

GrassAccordはこの夏も、同じことを続けます。完成したボトルではなく処方をお渡しし、その処方で、お客様ご自身がムエットの上で夏を試せるようにすること。国境を越えるボトルは関税に出会いますが、設計図は、どの国の調香台の上でも、同じ香りとしてふたたび生まれることができます。

Rain-washed mansion terrace with a perfumer notebook, GA smelling strips and an ivory box tied with a purple ribbon

本稿で取り上げた流れや夏の配合についてご不明な点がございましたら、いつでもコンシェルジュまでお問い合わせください。私たちの調香師が、お客様の言語でお答えいたします。

参考資料: サーカナ(Circana)2026年第1四半期 米国ビューティー市場発表(5月11日)、エスティ ローダー2026会計年度第3四半期決算(5月1日)、Puig 2026年第1四半期決算、ロレアル2026年第1四半期売上およびケリング ボーテ買収完了の発表(3月31日)、LVMH 2026年第1四半期売上(4月13日)、インターパルファム2026年第1四半期決算、ジボダン2026年第1四半期売上(4月14日)、シムライズ2026年第1四半期売上(4月30日)、エスティ ローダー・Puigの協議の確認(3月23日)および終了の発表(5月21日)、コティ2026会計年度第2四半期決算(2月)、米国連邦最高裁判所のIEEPA関税判決(2月20日)および関連報道、サーカナ2025年 米国ビューティー市場発表(2月10日)、資生堂2026年第1四半期決算(5月13日)、日本政府観光局(JNTO)2026年4月 訪日外客数、日本の百貨店の免税売上に関する報道(1〜4月)、プレミアム・ビューティー・ニュースの日本香水市場に関する記事(2025年9月、ユーロモニター推計の引用)、日本香堂 nowas発売(2月13日)およびフレグランスエキスポ2026の発表(4月8日)、NOSE SHOP「U NOSE SHOP」開店の発表(5月15日)、中東の空路閉鎖と東南アジアのハブでの乗り継ぎに関する航空業界の報道(3月4日)、チャンギ空港の月別利用者統計、韓国貿易協会の香水輸出統計(Personal Care Insights報道、4月20日)、オリーブヤング米国1号店開店の報道(5月29日)、天猫・TMIC・Baqiuの「2026 中国香水産業レポート」(Jing Daily報道、4月7日)、エクセンス第16回プレスリリース(4月14日)、湾岸地域のショッピングモール売上に関する業界報道(3〜4月)、EU規則2023/1545、国際香粧品香料協会(IFRA)基準、春の新作と業界トレンドレポート。ノートの流れは販売の数字ではなく、新作とレポートで繰り返し現れる傾向です。関税と規制に関する内容は一般的な情報であり、法務・税務上の助言ではありません。

2026年夏のニッチフレグランスの潮流 — 春のニュースで読む市場と香り | GrassAccord